JIS K7317の開発物語 2)~引っかき硬度を考える~
塗料報知新聞社の『塗布と塗膜』2025年2月号~11月号にわたり「塗料から機能性コーティングへ」をテーマに全4回の連載を行ってきた。ここでは新たに「JIS K7317の開発物語」として、機能性ハードコート開発時に直面するハードコートの硬さの尺度に関し、一石を投じた新しいJIS「プラスチック-機能性フィルムの引っかき硬さの求め方」(JIS K7317)の開発にフォーカスして話をさせていただきたいと思う。
なお、第1回「高分子と塗料」、第2回「ハードコート概論」、第3回「機能性フィルムについて考える」のコンテンツは、上部【資料ダウンロード】よりPDFで無料にてダウンロードできるので、ご興味ある方は、そちらも閲覧して欲しい。
著者:佐熊範和【東京都立産業研究センター】
「JIS K7317の開発物語」コンテンツ
1)物質の硬さを考える
2)引っかき硬度を考える
3)鉛筆ひっかき硬度を考える
4)フィルム表面硬さについて
2)引っかき硬度を考える
引っかき硬さの評価は、紀元前の時代から鉱物の同定に利用されてきた実用的な技術であり、現代においては、半導体製造プロセスにおける膜の脆弱性評価、自動車の外装塗膜の品質管理、医療用インプラントの表面改質層の信頼性保証など、表面耐久性が求められるあらゆる先端産業において不可欠な試験となっている。これは即ち、製品最表層を保護するハードコートを含む保護層の評価にほかならい。
19世紀初頭に考案された「モース硬度スケール」は、迅速かつ、同定能力の点では最初のグローバルな「引っかき」基準となったことは皆が認めることであったが、工学的、計測学(度量衡学)的な観点からは重大な限界を持つ。1つは、このスケールが非線形である点、2つ目は測定に用いる基準鉱物やオペレーターによって適用される荷重やスクラッチ速度、形状に標準化がないため、厳密な意味での科学的な再現性は低い。
20世紀に入り、自動車、家電、家具といった大量生産品における合成塗膜やワニスが普及するにつれて、日常的な使用や清掃、運搬中の傷に対する表面の耐久性を評価する、より信頼性が高く、かつ簡便な手法が求められた。これに応える形で確立されたのが、「鉛筆硬度法」である。鉛筆硬度法は、その簡便さと迅速性から、塗膜産業において世界的に採用され、主要な国際規格として確立された。
この時代、純粋な「引っかき」試験とは別に、表面耐久性の定量化を目指した摩耗(アブラション)試験機も開発された。代表的なものとしてTaber Abraser(テーバー摩耗試験機)がある。これは、回転運動と研磨輪を用いて摩耗による物質の除去量(質量損失)を測定するもので、直接的な引っかき硬さではないものの、表面の損傷抵抗を定量化する試みとして重要な一歩であった。
20世紀後半に入り、物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)によって製造される硬質で高性能な薄膜コーティングが機械部品や工具に利用されるようになると、膜自体の硬さ(圧痕硬さ)だけでなく、膜が基材から剥離することなく耐えられる限界の力、すなわち密着性(Adhesion)を定量的に評価する必要が生じた。「荷重増加型スクラッチ試験」は、インデンタ(一般に先端半径の決まったダイヤモンド円錐)を一定速度で試験片上を移動させながら、インデンタにかかる垂直荷重を連続的に増加させる。この試験方法により臨界荷重(Lc:Critical Load)が定義され、膜の損傷が発生した瞬間の荷重が測定されるようになった。Lcは、引っかき硬さだけでなく、コーティングと基材の界面強度を反映する最も重要な工学的指標となり、硬質薄膜の品質管理において必須のパラメーターとなった。これは①摩擦係数、②AE(Acoustic Emission)センサーの導入と検出技術の進化によりもたらされた結果である。
21世紀に入り、半導体産業、マイクロ電気機械システム(MEMS)、および極薄の医療インプラントコーティングといった分野で、膜厚が数ナノメートルから数マイクロメートルという超薄膜が一般化した。これらの材料は、従来のニュートン(N)単位の荷重では即座に破壊されてしまうため、ミリニュートン(mN)あるいはマイクロニュートン(μN)単位の超精密な荷重制御技術が必要となった。
これに対応するために開発されたのが、「ナノスクラッチ/マイクロスクラッチ技術」である。この技術は、高精度なピエゾアクチュエータや静電容量センサーを用いることで、荷重制御の分解能を高め、同時にインデンタの垂直方向の貫入深さをナノメートル精度でリアルタイム測定することを可能にした。表3に以上の内容をまとめた。

表3 引っかき硬さの測定法の発展

