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日本刷子商工業協同組合、デフテニスを応援

金メダルを獲得した喜多選手(右から4番目)

 

聴覚障害者のデフテニス世界大会が、1011日~19日、トルコのアンタルヤで開かれた。日本から女子4人、男子4人、ユース(14歳~18歳まで)2人の総勢10人の代表選手が参加した。そして金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル2個、計6個のメダルを獲得し、日本デフテニス史上初の快挙を達成して帰国した。

デフテニス普及のための懇談会を催す 

末松大幸氏(日本刷子商工業協同組合理事長)は、日頃ロータリークラブの活動に積極的に参加している。その集まりで聴覚障害者のデフテニスの認知度を広める支援団体の坂田妙子さん(ドウ・プラニング代表)から、トルコでの日本チームの活躍の話を聞いて感動。デフテニス普及の役に立ちたいと思い立った。

そしてこのほど、女子シングルで金メダル、ダブルスで銀メダルを獲得した喜多美結さん(関西大学化学生命工学部2回生)、坂田妙子さん、日本ろう者テニス協会事務局長の梶野千賀子さんに大阪で集まってもらい懇談会を開いた。

喜多さんからは金メダル獲得の喜びと今後の抱負、坂田さんと梶野さんからは、「デフテニスは認知度が低いため、国からの支援はほとんど得られない。世界選手権大会の遠征費が実費なため、参加を断念せざるを得ない選手が多数いる。デフテニスの選手が頑張っていることを知って欲しい」と認知度の低さについて説明があった。末松氏は、今後同組合でスポーツ福祉事業として協力していく考えである。

喜多美結選手が金メダルを獲得

                                     

喜多選手は、去年デフテニス世界大会(団体戦)に出場して5位に終わり、悔しい思いをした。今年は去年負けた相手に決勝で勝ってリベンジを果たし、金メダルを獲得。また女子ダブルスでは日本人同士の対戦となったが、惜しくも敗れて銀メダルだった。しかし二個のメダルを獲得となった。

トルコには約2週間滞在し、実質現地にいたのは10~11日間位だったという。東京生まれで5歳から大阪で暮らしている。金メダルを取った感想と、将来の希望を次のように語っている。
「去年はじめて世界大会に出場した。非常に緊張した中で試合に臨み、負けたのは非常に悔しかった。デフテニスを始めて1年目だったが、どういう姿勢で臨んでいこうか自分なりに考えた。

私の聴覚障害は生まれつきでなく、後天的なものである。補聴器を使えば話を聞き取ることができる。生まれつき障害を持った子供たちに対して、世界大会に優勝したらその喜びが子供達に届きアピールできるかなと思った。その私を見て勇気を持ってくれたらいいなと思い、1年間練習に取り組んだ。絶対優勝したいと思っていたので、今回優勝できた時は本当に嬉しかった」

「試合が終わってからキッズテニスで子供たちにテニスを教える活動をした。それに関わった子供たちのお母さんから『子供たちが喜んでいる』というコメントをいただいて、子供たちに勇気を与えられたと実感した」

「これまで耳が聞こえないことがネックだったが、本当に聞こえない人たちと関わりを持って、人生の見方が変わった。『スポーツを通して多くの人に喜んでもらいたい』という気持ちが強まった。今回優勝できて色々な人にアピールできたのを機会に、スポーツと障害者との関わりを深めていきたいと」と抱負を語った。

デフテニス支援団体 ドゥ・プラニングの活動

デフテニスの国際大会は、4年サイクルで開催されている。世界大会(団体戦)、同(個人戦)、アジア大会、デフリンピックの4大会が1サイクルである。今年行われた世界大会はデフテニス(個人戦)であった。2021年にはデフテニスのオリンピックであるデフリンピックが開催される。

デフテニス支援団体のドウ・プラニングを運営している坂田妙子さんは、コーチ暦25年のベテランである。デフテニスのサポートを始めたのは、2013年のブルガリアの世界大会からである。同大会に生徒がサポーターとして行くことになった。多額な遠征費がかかると聞いて「これは大変だ」ということで支援活動を立ち上げた。現在、デフテニス世界大会遠征支援を目的とした企画・運営をしている。

また聴覚障害者と健常者のテニスを通じ、相互理解を深めお互いを尊重しあえる関係を目指す「デフテニスカップ」を運営している。地元の兵庫県川西市で開催するに当たって、越田謙治郎市長を訪問した際「積極的に広めようという活動を応援する」と賛同してもらった。毎回デフテニスカップには越田市長が激励に来て、開会式のあいさつをしてくれている。関西を中心としたこの活動を、全国に広めるのが念願である。

しかし現実は厳しく、一般の認知度が極めて低くスポンサーが集まらない。坂田さんが活動を始めて様々な団体に声をかけてサポートを依頼しても、デフテニスのことを知っている人は皆無に近かった。認知度を上げることを一番に考えてずっと活動している。

「今回の世界選手権大会の活躍を全国の皆さんに知ってもらい、デフテニスの選手達を皆さんからサポートしていただきたい」と今後に期待している。

右から坂田妙子さん、喜多美結選手、末松大幸氏

 

社団法人日本ろう者テニス協会 

デフテニスの普及に携わっている関係者の共通した悩みは、日本における認知度の低さである。2014年に日本財団パラリンピック研究会が行った調査結果では、聴覚障害者のオリンピックといわれるデフリンピックの国内での認知度が11.2%であるのに対し、パラリンピックは98.2%と極めて高く、大きな差があった。

日本ろう者テニス協会の梶野事務局長は「当協会は設立して14年目になる。社団法人になってからは3年目で、現在スポーツ庁の傘下日本障がい者スポーツ協会の傘下に入っている。デフテニスの世界大会はフランスのパリでの開催が最初である。ヨーロッパでは聴覚障害者の専門の学校があり、テニス部もある。オーストラリアでも活発に行われており、一般の理解が高い。日本はその点後れをとっている。

聴覚障害者のオリンピックといわれるデフリンピックが2021年に開催される。デフリンピックの歴史は長く伝統がある。以前は日本プレーヤーは大学生や一般人が出場していた。女子選手は2000年のローマデフリンピックのシングルスで銅メダルが最高で、メダルから遠ざかっていた。

「最近の日本のメンバーはほとんどがジュニアや年少のユースで、選手層が若くなった。今回は学生の選手達が自分の意志で世界に挑戦してみたいという強い気持ちを示した。それで事務局でも連れていこうという気運が高まった。世界選手権でこんなに多くメダルを取ったことは今までなかった。女子シングルの決勝で金を取ったのも初めてである」と今後の活躍に期待している。 

【一般社団法人日本ろう者テニス協会 リンク先】
http://deafjapan-tennis.com/